年始に愛犬マロンとのお別れをした時、
私の心は哀しみでいっぱいになり、笑うことができなくなっていました。
ある日のこと、ふとマロンが 「ママ、私もうすぐお別れなんだ。」
そう言った気がしました。それからの毎日は不安で、不安で仕方がありませんでした。
それから一月後、マロンがご飯もお水も飲めなくなって、
小さな体で夜通し吐き続けるマロンの側にいながら、
”代わってあげたい”
そう心から願いました。
ある朝、マロンが遠くをぼんやりと、なんとも言えない表情で眺めていて、
迷いながらも毎日治療を続け、持ちうる全てのことを尽くしても回復の兆しはなく、
身体がどんどん、細くなっていくマロンを見ていたから、あぁいよいよなんだなと思いました。
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マロンは私にとって最愛の愛娘で、かけがえのない存在。
だけど、不思議と最後の数日、私は涙をこぼすのではなく、毎日笑っていました。
歩く気力さえないのに、母が具合悪そうに寝ていると、
ヨタヨタ歩いて寄り添いに行くマロンをみて、犬のこんな時までみせる愛情深さに、
最期の最期まで、生きること、愛するということを教えられ、
”私はこの子のママだ。この子が安心して休養できるようにしてあげたい!”
そんな想いが心の底から湧き上がってきて、気が付いたら涙や悲しみより、
マロンにたくさん、たくさん笑顔を見せたい気持ちが勝って、
私はずっとマロンに笑顔を見せ続けていました。
最期の日、マロンは私の腕の中で微笑みながら旅立って、
お空に還った後の顔もニコニコ笑った笑顔で、
”ママ。泣かないで。私は幸せだったよ。”
そう伝えてくれているみたいでした。
Contents
犬の第二生を共に歩む
マロンはお葬儀までに3日の時間をくれて、1日は二人きりでゆっくり過ごしました。
マロンが私にくれた時間に、離れる最後の瞬間まで撫で続けて、たくさん話しをしました。
そんなマロンが居なくなってから数か月は、あまりの悲しみから誰にも愛犬の話をできず、
毎日、毎日、泣き続け、数か月経っても、涙があふれて止まらない日々でした。
とても甘えん坊で常に抱っこ状態だったマロンは、我が家に来た頃から、旅立つ時まで、
ずっと腕の中にいて、最愛の愛娘と離れる事なんて、想像しただけで耐えられない、
可愛い、可愛い、我が子でした。
最期の最期まで、マロンを離せずにいる私に、葬儀場の方がかけてくれた言葉があります。
” わんちゃんには、体を持って生きる第一生と、
彼らを愛した方々の心の中で一緒に生きていく第二の犬生があります。
これからわんちゃんには、あなたの中で一緒に生き続けていく第二生がはじまります。
今は辛いと思いますが、ぜひ、たくさんわんちゃんと過ごした幸せな日々を思い出し、
そして、これからもたくさん、たくさん、話しかけてあげてください”
その言葉は、私の枯れた心の中にふわっと広がり、
悲しみの中にも希望を残してくれました。
分骨
私が初めて、最愛の愛犬ジニアスとのお別れを経験したのは25歳の時でした。
当時も私は心に穴がぽっかり空き、冷たくなった愛犬の体を抱きしめながら寝て、
哀しみのあまり、しばらくはご飯も喉を通りませんでした。
お空に還ったのが真夏だったこともあり、ジニアスとは1日しか共に過ごせず、
受け入れられないままお葬儀の日を迎えました。
そんな私にジニアスは、犬歯を遺すという形で側に居続けてくれました。
(※お葬儀の時、あまりの私の廃人状態にスタッフの方が分骨を勧めてくれました。)
マロンも、まるで骨格標本のような立派な最期を私に見せてくれて、
お焼き場の過程で、ほとんど潰れてしまうと言われている頭蓋骨さえ、
マロンの整ったアップルドームをそのまま遺し、
”私は一生懸命生きたよ。ママ。” と声が聴こえてくるようでした。
そして、私に爪と尾っぽの骨、最後はトリミングに行けず、足毛がぼうぼうだったので、
綺麗にお空に還れるよう散髪したふわふわした毛と、肉球の香りも遺していってくれました。
今はもう肉球の香りはなくなりましたが、ふわふわの毛はいつも側にあります。
(※話すと引かれる事も多いですが、愛犬の肉球の香りって不思議と落ち着くんですよ。)
人によっては、分骨なんて可哀そう。と思われると思います。
土に還してあげるのが本来はいいということも分かっているのですが、
自分勝手かもしれませんが、愛犬の形見は私にとって生きる支えで、
それがないと心が壊れてしまいそうでした。
後にアニマルコミュニケーションでマロンが、
”ママは私がこんなに早く行ってしまうと思ってなかったけど、私は私の犬生を全うしたんだよ。
私の使命は、ママを犬の食事の道に連れていくことだったしね。
私はもうそこには居ないけど、私がママにあげられる最大限のものを遺したよ(骨・被毛・香り)
今は、ジニアスお兄ちゃんに色々と教わっていて、時々ママの元にも遊びに来てるよ”
と教えてくれました。
ジニアスとマロンは、同じ魂を持つ存在らしく、
ジニアスは、私に気持ちを伝える大切さを、マロンは私に食事療法の道を拓いてくれました。
そんな愛犬達の愛情深い支えのお陰で、
私はいま2匹の愛犬を看板に仕事をはじめ、毎日一緒に過ごしています。
生きるということ
犬の食事療法の道に入ってから、私には愛犬以外とのお別れに触れる機会も増えました。
愛犬の時と変わらず、ご縁を頂いた愛犬ちゃん達とのお別れは、毎回とても辛いです。。。
だけど、彼等に触れるたび、悲しみとは別に大切なメッセージを託していってくれます。
それを受け取るたびに身が引き締まり、彼らから託されたメッセージをこれから出会う子達に繋げ、
役立てていくことに、”生きる”ということを教えられ続けています。
身体を伴い”命を生きる” ということは、そこに”別れもある”ということです。
だけど、”生きる”ということ自体には、別れはありません。
命ある物が本当に消えてしまう時は、誰の心にも残らず、思い出されなくなった時だから。
魂が触れる時、必ず誰かの中に生が宿ります。
そして、それは触れた人の心の中に引き継がれ、生き続け、またたくさんの命に繋がっていきます。
そうやって、体がなくなったとしても、生はずっと、ずっと続いて、生き続けていきます。
だから、悲しいけど、涙をどんどん流した先には、また笑顔で一緒にいれる日が必ずやって来ます。
愛犬は、どうしても先にお空に還っていきます。
そしてそれは、人間と違って、ある日突然、何の前触れもなく迎える時があります。
後悔も残るし、辛くて思い出せない日だってあります。
だけど、明けない夜がないように、必ずまた一緒に笑える日が来ます。
できるときが来てからで大丈夫です。
愛犬ちゃんとの幸せな日々をたくさん、たくさん思い出し、
いっぱい、いっぱい話しかけてあげてください。
たくさん、たくさん、愛犬ちゃんの事を話して、聞かせてください。
愛犬ちゃんとの第二生が、共に過ごした第一生と共に、
あなたの中でこれからも輝き、笑顔で溢れた日々でありますように♪
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